尾瀬至仏・燧
H15.10.11〜13
「尾瀬に入(い)る」
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尾瀬沼 |
夏から続いた不順な天候もやっと健全になり、周期的に移り変わる、つまり移動性高気圧がゆっくりと通り過ぎる、秋晴れの日々を迎えることができるようになった。
東北の山歩きを続けてきた私たちは、南東北の締めくくりに、2泊3日をかけた尾瀬山行を計画した。あの尾瀬に行くのだから、尾瀬の自然にスッと入(い)り込みたい。だから、紅葉も終わり雪を待つだけになった、訪れる人も少ない寒々しい季節を選んだのだ。福島県側の沼山峠から尾瀬沼に下り、ブナ林の中を沼尻川に沿って尾瀬ヶ原に入る。そして、下田代(しもたしろ)の山小屋に泊まり、燧(ひうち)ケ岳と至仏(しぶつ)山を登るという、尾瀬を周遊するコースを設定した。それは、楽しくも、味わい深い、心に染み透る山歩きになることだろうと。
| 尾瀬ヶ原と 燧(ひうち)ケ岳 |
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さて、楽しくも、味わい深い私たちの思い出を記(しる)す前に、尾瀬という大きな
存在を考えてみたい。尾瀬、それは、東北と関東そして越後とが境を接する地域、つまりは三方境、都会からも平野からも隔絶した奥深い位置にある。山の奥のまた奥。見上げる山は青く、水音高い渓流は清く、大気はひんやりと澄んでいる、大自然の懐(ふところ)。夜中(やちゅう)の星辰(せいしん)は降るがごとし。
ある年の11月下旬に、私は仙台空港から福岡へ向かう航空機に乗ったことがあった。前日の雨はやみ、晴れあがった空の中を、航空機は、肩から上が真っ白になった吾妻山塊から飯豊山系の真上を通過し、日本海へ出てから、海岸沿いに南下する。その時、どこまでも続く南会津の山並みのはるか彼方に、白い平坦な原野を認めることができた。原野の右手には真っ白な高い山があるので、私はこれがあの尾瀬沼なのか、尾瀬ヶ原なのかと、しばし目を凝らして、見入っていた。
山上の小さな湖沼と、水苔(ミズゴケ)に覆われた広大な高層湿原。そして北に聳(そび)える端正な姿の燧ヶ岳、ゆったりとした山容を見せる南の至仏山。どこまでも広がる紅葉したブナ林。その上方に続くオオシラビソやダケカンバから成る黒い亜高山帯。「山岳」の持つ魅力、それがいくつも重なり合って景観美をつくりあげている。だから、尾瀬に来れば、「山岳」の魅力を一度に享受することができる。
そして、尾瀬が日本を代表する山岳公園となったのには、この大自然を護るために百年を費やしてきた多くの人々の存在があったからだと思う。その成果が、今私たちの目の前に広がっている。自然は壊れやすい。まして山上の美しい景観は厳しい自然条件の中にあり、それまで人間活動の影響を受けていないだけに、あっけないほどの速さで失われてしまう。人々の日常生活や経済活動が及ばない地域だからこそ、森林の生態系は極相(クライマックス)を維持し、魚たちも過酷な環境変化に強いものたちだけが息づいている。中でも最も弱いのは、湿原や湖岸の植生であり、山岳では崩れやすい急斜面の植生に違いない。だから、尾瀬では至るところで木道(もくどう)が整備されて、訪れる人々の行動を制約し、自然保護を啓発する働きかけが常になされている。これも、百年を費やした保護活動や保護意識の成果なのだから、自然との共存方法を理解し、会得した人々の熱意で、尾瀬の自然は今後も護られて行くことを願いたい。こうして、多くの人々に理解された大自然の営み。これが、尾瀬の本当の素晴らしさなのだろうと、尾瀬から下りてきた今では思う。
現在は、交通の便がよくなったため、東京からでも1泊2日の日程で十分満足できる、でもすぐには帰ることができない近さに、尾瀬はある。これほど優れた自然を容易に鑑賞し、楽しめるだけに、訪れた人々の理解も深まる一方、常に保護活動の努力が必要になることは言うまでもない。
ところで、尾瀬を構成する要素を一つ一つ考えてみると、それは緯度を高めればいろいろな所にあるのではないだろうか。
例えば尾瀬沼。これは、北海道は阿寒のオンネトーに比(ひ)せる。阿寒湖よりも奥深く、雌阿寒岳の内懐(うちふところ)にある、アカエゾマツの純林と冷気に囲まれた山上の湖。しかし、残念ながらオンネトーには車道が通じ、観光バスが来る。では、針葉樹林帯に沈む阿寒のペンケトーとパンケトーはどうだろうか。ここならば、ヒグマはいるが、たぶん誰も来ない。いや、もっと合うのは東北・朝日山系の大鳥池。確かに、以東岳直下の静かな小さな湖だ。登山者と釣り人しか訪れることがない。
尾瀬ヶ原はどうだろう。これは大雪山の沼の原。水をたっぷりと含んだ台地に、池溏(ちとう)と針葉樹林が点在して、配置もいい。大きな池溏に倒影(とうえい)するトムラウシ山は見ごたえ十分。暑寒別岳の雨竜湿原も、山上の広大な高層湿原のようだ。広大な湿原といえば、釧路湿原やサロベツ湿原。不毛の「大湿原」はまだ北海道のそこかしこに残されている。一方、規模が小さくても、美しい高層湿原は、東北・北海道の山岳地帯のいたる所に見受けられる。代表的なのは、秋田駒ヶ岳の千沼ガ原、月山の弥陀ガ原。そして八甲田山、八幡平、吾妻山は、山上が高層湿原で覆われている。最近登った山では平ヶ岳がなつかしい。
さらに、対峙(たいじ)する一対の山岳。これは、阿寒湖を中に挟んだ雌阿寒岳と雄阿寒岳や、支笏湖を囲む樽前山と恵庭岳程度と少ないようだ。
それほどまでではなくても、また尾瀬ほど整ってはいなくても、尾瀬を訪れた者の地元には、魅力あふれる自然があることを忘れてはならない。そう、彼らが地元の自然を保護することは、尾瀬を愛し保護する意識と同じことにほかならない。いや、山上の素晴らしい景観だけではない。私たちが生き、毎日の生活を営んでいる周囲にも、自然の美しさが息づいている。
ほら、ふと立ち止まり、深呼吸をして、周囲に目を凝らしてごらんなさい。四季おりおり、山は山、原野は原野、川は川、それぞれが自分のリズムを持って変化してゆく。春は、いっせいに出そろう木々の芽生えに、咲き急ぐ花々。秋は、色づきて枯れ散る紅葉を鳴らす風の冷たさ。素晴らしい自然の営みに、日々目を見張ることだろう。凡庸(ぼんよう)だと思っていた光景の中にある、木々や草花、鳥や魚たちがくり広げる命の営みに気づいた時、私たちの心は高揚し、日々はしっとりと叙情的になる。
こうして、私たちに大自然の素晴らしさ、それに共鳴する喜びを呼び起こさせてくれた、尾瀬の山旅だった。
(陽)
初冬の尾瀬山行
10月18日(土) 天候 晴 時々 曇
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東京(浅草)発 7:10 ↓(鉄道) 会津高原駅着 10:23 ← (三春、米沢) ↓(樋車、工車) 尾瀬御池着 ↓(バス) 沼山峠着 ↓ 尾瀬沼(長蔵小屋) ↓ 見晴(下田代十字路) 山小屋泊(第二長蔵小屋) 行動時間 ― 盛大な屋外宴会と部屋での二次会 ― |
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10月19日(日) 天候 快晴
燧ケ岳に登り、尾瀬御池に下山する3人(田、朝、樋)と、
至仏山に登る5人(鳩待峠から下山の青と、20日下山の白夫妻、帆、工組)の2手に別れた。
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まだうす暗いが至仏に太陽があたってきた |
| 長蔵小屋の前にて また来年会いましょう!! |
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(燧ケ岳3人パーテイ)
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見晴発 6:50 ↓(3:45) 燧ケ岳(柴安グラ)着 10:35 ↓(2:05) 〃 (俎グラ)発 12:40 ↓(3:00) 尾瀬御池着 15:40 ↓(樋車) 会津高原駅着 17:20 → 会津若松駅着18:45 ↓(田) (17:37発) (朝) 岩槻市 → 山形着 21:20 (樋) 行動時間 8:50 |
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(至仏山5人パーテイ)
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見晴発 6:45 ↓(1:30) 山の鼻 8:15 ↓(2:35) 至仏山着 10:50 (休憩1時間) 至仏山発 11:50 ↓(0:40) 小至仏山 12:30 ↓(1:30) 鳩待峠 14:00 → 青は下山 ↓(1:00) 山の鼻 15:00 ↓(1:20) 見晴着 16:20 第二長蔵小屋泊 行動時間 9:35 10月20日(月) 天候 快晴 至仏山に加えて燧ケ岳を登る4人組 見晴発 7:00 ↓(3:00) 燧ケ岳(柴安グラ) 10:00 ↓(0:20) 〃 (俎グラ)着 10:20 (休憩 1時間10分)
↓(2:30)
〃 (俎グラ)発 11:30
↓(1:50)
尾瀬御池着 14:20
↓(工車)
会津高原駅 17:37→ 三春町 20:00
↓(白夫妻、帆) (工)
東京都
行動時間 7:20
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| アルコール量 (8名、10月18日調べ、申告による) |
参考として、 4年前の朝日山系・以東岳山行の記録(6名) |
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日本酒 : 7.7リットル ビール : 3.5リットル ウイスキー: 0.6リットル 焼酎 : 0.6リットル 合計 :12.4リットル
(申告漏れ、現地調達あり) |
日本酒 : 6.3リットル ビール : 4.9リットル ウイスキー: 0.7リットル ブランデー: 0.3リットル ワイン : 2.1リットル 赤い紅茶 : 0.6リットル 合計 :14.9リットル (現地調達なし) |
果たして、酒量は落ちたのだろうか?